高杉晋作!!

 

天保10年8月20日長州藩高杉小忠太の長男として生まれた。

嘉永5年長州藩の藩校明倫館に通う。

安政4年吉田松陰の私塾松下村塾に通う。久坂玄瑞とともに村塾の双璧と称される。

安政5年藩の命令で江戸へ遊学。大橋訥庵の大橋塾に入門

文久2年、藩の命令で上海へ渡航

清がアヘン戦争等の影響により欧米の植民地になりつつある実情を目にし、日本の現状に危機を抱く。

文久3年奇兵隊結成,下関戦争、敗北。

元治元年 禁門の変をきっかけに第一次長州征討。

長州藩主の謝罪、三人の家老の切腹により戦うことなく長州藩の敗北。

元治2年、藩命により谷潜蔵と改名

慶応2年坂本龍馬の仲介により薩長同盟が成立。

第二次長州征討が始まる。長州海軍総督として長州軍5000の兵で幕府軍10万と戦い勝利する。

 

慶応3年4月14日結核のため桜山にて死去。

享年29歳。

 

 高杉晋作の名言

 

今さらに なにをかいわむ 遅桜

故郷の風に 散るぞうれしき

先生を 慕うてようやく 野山獄

 

戦いは

一日早ければ

一日の利益がある。

まず飛びだすことだ。

思案はそれからでいい。

 

辞世の句

『おもしろき こともなき世を おもしろく』