武将の名言!

織田信長 臆病者の目には敵は常に大軍に見える。 必死に生きてこそその生涯は光を放つ。 豊臣秀吉 戦わずして勝ちを得るのは、良将の成すところである。 人の意見を聞いてから出る知恵は、本当の知恵ではない。 やるべき事が明確であるからこそ、日夜、寝食…

武将の武器! 名刀! 愛刀!

本田忠勝 蜻蛉切 天下三名槍と呼ばれた槍 槍の先に飛んできた蜻蛉が 真っ二つになったことからこの名前になった。 伊達政宗 鞍切景秀 色の黒い大男を切ったとか、サル(サルはくろんぼと 呼ばれていた)ことからこの名になったと言われてい る。 蒲生氏郷 会…

関ケ原(下)

小山評定を経て関ケ原へ向かう家康。迎え討つための準備を着々と進める三成。二人の調略、謀略は最後まで繰り広げられ、それにかかわる各武将の心理描写が事細かに描かれています。 観念的にしか物事を考えれらえない三成は、なぜ豊臣恩顧の大名たちが家康 …

武将の愛馬

仁科盛信 蘆毛馬(あしげうま) 武田勝頼 大鹿毛(おおかげ) 長宗我部元親 汗葦毛(あせしげ) 汗をかいて活躍すると言われていた名馬です。 明智秀満 大鹿毛(おおかげ) 山崎の戦いで秀吉に敗れ、逃げる際に琵琶湖を泳いだと言わ れている。 武田信虎 鬼鹿…

高杉晋作!!

天保10年8月20日、長州藩士高杉小忠太の長男として生まれた。 嘉永5年長州藩の藩校明倫館に通う。 安政4年吉田松陰の私塾松下村塾に通う。久坂玄瑞とともに村塾の双璧と称される。 安政5年藩の命令で江戸へ遊学。大橋訥庵の大橋塾に入門 文久2年、藩の命令で…

坂本龍馬!!

天保年11月15日~慶応3年11月15日 土佐で生まれる。 嘉永元年小栗正信が開いた小栗流の道場に入門。 嘉永6年、江戸へ遊学。千葉周作の北辰一刀流の桶町千葉道場に入門。 ペリーの黒船艦隊が浦賀に来た際には、品川の浜川砲台の警備にあたる。 文久元年に武市…

豊臣秀吉 小田原攻め!

天正10年(1590年) 豊臣軍21~22万 北条氏政・氏直軍5万~8万 (兵数については諸説諸々あります) 豊臣秀吉は四国、九州を平定し天下統一まで残すは東北の伊達、関東の北条のみとなっていた。 発端は、天正17年10月秀吉の『惣無事令』を破り北条方の家来、…

真田信之!!

真田昌幸の長男真田信之についてまとめてみました。 永禄9年(1566年)真田昌幸の長男として、生まれる。 幼少期は武田家の人質として過ごしたが、長篠の戦いで武田家が滅びた後は真田家の家督を継承した。 第一次上田合戦では父の昌幸と奮戦し、わずか2000…

信長の戦い!

信長の有名な戦いだけまとめてみました。 桶狭間の戦い 永禄3年5月19日(1560年6月12日) 今川軍45000 織田軍2000 今川義元は尾張を切り取るため(上洛説もあるようですがあまり信憑性はないようです)45000ともいわれる兵で出陣しました。 今川軍、田楽狭…

本能寺の変!

1582年6月2日明智光秀が織田信長に対して起こした謀反です。 きっかけ は諸説諸々あります。どの説が一番正しいのかはわかりませんが、いくつかリストアップしてみます。 1 諏訪での折檻 甲州征伐(武田征伐)により武田家を滅ぼした後、諏訪の法華で論考賞…

歴代の将軍!!

徳川15代将軍です 初代 徳川家康 初代江戸幕府を開く 2代目 徳川秀忠 1605年第2代征夷大将軍となる 3代目 徳川家光 鎖国を完成させた 4代目 徳川家綱 10歳で将軍職に 5代目 徳川綱吉 生類憐みの令 6代目 徳川家宣 身長160センチ 歴代の将軍の中では最も高い …

100名城!!

日本の100名城を紹介します。 北海道 根室半島チャシ跡群 五稜郭 松前城 青森 弘前城 根城 岩手 盛岡城 宮城 多賀城 仙台城 秋田 久保田城 山形 山形城 福島 二本松城 会津若松城 小峰城 茨城 水戸城 栃木 足利氏館 群馬 箕輪城 金山城 埼玉 鉢形城 川越城 …

歴代の総理大臣その1

今日は戦国から外れてみました。 ただまとめただけです。 初代 伊藤博文 (1885年~1888年) 2 黒田清隆 (1888年~1889年) 3 山県有朋 (1889年~1891年) 4 松方正義 (1891年~1892年) 5 伊藤博文 (1892年~1896年) 6 松方正義 (1896年~1898年) 7 …

『甲斐の虎』武田信玄

『風林火山』で有名な武田信玄です。 先日紹介した上杉謙信のライバルですね。 1521年 武田信虎の長子として甲斐で生まれる。(幼名は太郎) 1536年 元服し『晴信』と名乗る。 1541年 父の信虎を追放し『家督を継ぐ』(武田家代19代) 1551年 砥石城を攻略、…

『軍神』上杉謙信

しばらく更新が空いてしまいました。ごめんなさい。 今日は人気武将ランキングをやれば間違いなく上位に入るであろう『義の武将』上杉謙信についてです。 1530年春日山城に長尾為景の子として生まれました。幼名は虎千代。 実の父からはあまり好かれず1536年…

黒田官兵衛!

今日は黒田官兵衛。 秀吉の軍師として竹中半兵衛とともに活躍し、秀吉の「両兵衛」「二兵衛」とも言われていた人です。 1546年に播磨国の姫路に生まれます。 1561年に16歳で小寺政職の近習になり、1573年に秀吉の軍師として採用されます。 1578年に荒木村重…

四天王!

武田四天王 馬場信春 (1515~1575) 長篠の戦いにて没 内藤昌豊 (1522~1575) 長篠の戦いにて没 山県昌景 (1529~1575) 長篠の戦いにて没 高坂昌信/春日 虎綱 (1527~1578) 海津城にて病死 徳川四天王 本多忠勝 (1548~1610) 桑名にて病死 井伊直…

真田幸村って?

今回はきっと人気武将ランキング上位に入るであろう真田幸村についてです。 実名真田信繁(1567~1615) 真田昌幸と正室山手殿との次男として甲府で生まれました。幼名は源次郎。 当時真田家は武田家仕えていました。 1600年に関ケ原の戦いが起こると父昌幸…

司馬遼太郎 関ケ原(中)

関ケ原(中)を読み終えましたので感想です。 内容としては、上杉征伐から石田三成の挙兵までについて書かれています。 徳川家康からの視点、石田三成からの視点で各々一人でも多くの大名を味方に引き入れようと数々の謀略を繰り広げます。 家康は「人は欲望…

辞世の句其の二

辞世の句其の二です( ´∀` ) 大谷吉継(1559~1600) 契りあらば 六つの巷に 待てしばし 遅れ先立つ ことはありとも 主従関係(石田三成)死んでも続く。どちらが先に行くかわからないが、あの世で待とう。 関ケ原で非業の死を遂げた大谷吉継。三成への忠誠…

歴史 語呂合わせ パート2

語呂合わせパート2です。ドンドンいきましょう。 1281年 弘安の役 今度は荷をいっぱいにしてきました!弘安の役1297年 徳政令 一つも肉無いから徳政令を出すか~ 1333年 鎌倉幕府滅亡 潔くささっと滅亡、鎌倉幕府 1334年 建武の新政 いざみよ、後醍醐天皇の…

歴史 語呂合わせ パート1

語呂合わせシリーズです。 593年 聖徳太子が摂政になる 国民歓迎、聖徳太子が摂政に 604年 十七条の憲法 労を知る、十七条の憲法 607年 小野妹子を遣隋使、隋に送る 無礼な遣隋使、小野妹子 645年 大化の改新 虫殺せ、大化の改新 701年 大宝律令 名を広めた…

辞世の句其の一

なんとなく思いついたので集めてみました。 細川ガラシャ(1563~1600) 散りぬべき 時知りてこそ 世の中の 花も花なれ 人も人なれ 花は散るべき時に散ってこそ美しい私も人としてそうありたい。 潔いですね。 豊臣秀吉(1537~1598) 露とおち 露と消えにし…

豊臣秀頼その3

さあ豊臣家を自分の代で 滅ぼしてしまいたい徳川家康。大阪方が兵糧を集めているだの浪人に声をかけているだの得意の難癖をつけてなんとか戦に持ち込もうとします。 大阪方はなんとか弁明しますが聞き入れてもらえません。むしろ浪人の開放や秀頼の国替えな…

豊臣秀頼その2

秀頼が誕生して一番とばっちりを受けたのが当時秀吉の後をついで関白になった豊臣秀次。 秀吉の甥にあたる人です。高齢になって子供ができない、できても鶴松のように夭折してしまう秀吉は跡取り秀次しようと考えました。秀次は1591年に関白の座を譲り受けま…

豊臣秀頼その1

豊臣秀頼は秀吉の三男。先日説明した秀忠 と同じですね。 秀吉の長男は石松丸秀勝。名前の由来は当時信長の重臣だった丹羽長秀、柴田勝家から取ったという説もあります。ちなみに「羽柴」の姓は丹羽長秀、柴田勝家から取ったというのは有名な話ですね。この…

大阪城その2!

大阪城パート2です。 二代目大阪城は「徳川の大阪城」とも言われています。あ、一代目は「豊臣の大阪城」「太閤の大阪城」等とと言われています。 二代将軍秀忠によって再築城が1620年から始まり実に9年に及ぶ工事を経て完成したのが1629年。 ちなみに将軍徳…

大阪城その1

さて、戦国時代を語るうえで欠かせないのが「城」です。 私もお城大好きで、現在日本の百名城のスタンプラリーにはまっています。 とは言ってもコンプリートするのにあと何年かかるかわかりませんが… 歴史好きの中では「城マニア」も多いのではないでしょう…

関ケ原レビューその2

前回は大雑把に権謀術数だの智謀だのと書いてしまいましたが、具体的な内容を少し説明しておきましょう。 まずは「前田利長謀反の疑い!」から行きましょう。 言わずと知れた豊臣五大老前田利家の嫡男ですね。 あ、ちなみに嫡男と長男の違いってわかりますか…

司馬遼太郎 関ケ原レビューその1

と、まずは関ケ原の上刊。 一般的に「関ケ原の戦い」と聞いて思い浮かべるのは・・・ 戦いが始まってから接戦になって、小早川秀秋が裏切って、石田三成率いる西軍が総崩れになって、、、みたいな感じでしょうか。 ですが実際は戦が始まる前に家康と三成の智…